黙劇プレゼンツ

ちょっぴりをたっぷり。

仕事で泣いてしまう人へ。

 

 外回りの打ち合わせから帰ってきた私は、会議をひと通り仕切り、今日の最後のメニュー。新人の個人面談を行った。

 

 大方の、面談内容が終わり、今の不安な点を聞いてみたところ、直近の先輩がやめてしまうので不安です、ということだった。責任者は私ともう1人いるけれど、プレイングマネージャーという特性上、残念ながら聞いたりすることにハードルがあるようだった。

 

 私は淡々と、不安になってしまうその理由と、仕事をしていく上で、最悪の場合ってなんだろう?と不安を解き明かそうとした。その辞めてしまう人は、もういないことを前提に想定していかないと仕事がまわらないのだから、別の方法でアクションを探していこうと提案した。

 

「聞ける人が減ってしまったので、分からない部分がそのままになってしまいます」

 その通りだね、と相槌を打ちつつ、そのタスクの期限に間に合わせる余裕は、あるんじゃないかな、たとえば、分かる人にメールを打っておいて、返信を待つとか、なんなら空いてる時間を聞くとか。「そうなんですけど」と不満が残っていた。

 

 聞ける人が身近にいるのは、とても幸せなことだけど、それを環境が許さない場合、「欲しくなってしまう」のだなあと思う。悪い言い方をすれば、都合のいいアンサーが都合のいいときに降ってこなくなる。それは仕事を止めてしまうかもしれないけど、進めなきゃいけないのは、そのわからないこと、なんじゃないのかな。何をすれば進めていけるか、ということ。

 

 そんなことを思いながら、話を聞いていると、突然目頭を掻き、泣き出してしまった。

 

 親しい人が辞めるのは、つらいことだと思う。でも、今の話を聞いていると、都合の悪くなったことへのイライラが、伝わってきてしまう。

 

 私も、しんどいよ。でも、たとえばこれからの後輩から相談しやすい人になる方が、ずっと意味のあることなんじゃないかな。その人が辞めていなくなっても、自分がそのポジションができれば、活かすことができれば、それでいいんじゃないかな。

 

 黙ってうなずいたその人は、自分の世界を良い意味で抜け出すことができるんだろうか。

 

 仕事で泣く人は、私は大嫌いだった。仕事は、感情でやっちゃだめだ。感情でやると、すべて「引っ張られてしまう」から。そんな引っ張られる時間は、学校生活の部活動ほど、用意されていない。

 

 ただ、誰かのために泣けるのは、悪いことじゃないな、と思った。ちょっと前の私なら「話にならないから、顔洗ってきて」とか、「別の日にする?」なんて言っていたと思う。

 

 私にできるのは、側にいて、話を聞くことしかできないのだけど。

 何か励ましの言葉を見繕って、ほら、と見せてあげることしかできないのだけど。