黙劇プレゼンツ

ちょっぴりをたっぷり。

大切にしていることばがあるか

 

 美容院で、おとなしく髪を切られているとき、ふと話題づくりのために「好きな格言はありますか?」と聞いた。「本を読んでいる人はすぐそういうのがパッと出てくるんでしょうけど、わたしは、ないかなあ」と美容師は言った。ポリシーでもいいんです、と助け船を出したつもりだったが、美容師は「うーん」と考え込んでしまった。

 格言なんて、アホらしいのかもしれない。仕事に信条を持ち込むのは、考える余裕があるからであり、美容師は髪を切ることに集中したいとおもっているかもしれない。

 本を読む習慣がある人はそういった格言にであうかもしれないが、人生訓をえるために本を読むなんて、それこそアホらしい。そのあとは会話もないまま、黙々と髪を切られていた。

 散髪も終盤にさしかかったとき、美容師は「ドラマであったんですけど、じぶんがどの道を通るかより、今の道をどう通るか、っていうのですかね」と笑いながら言った。

 美容師という職業がどういうものか詳しくはしらないけれど、美容師になるためには専門学校に行く。ありがちなのは、高校を卒業したあと、まわりが大学へ進学するなか、専門学校で二年か三年のカリキュラムがおわり、大卒より早く就職する。専門学校に行く都合上、じぶんの職業が、高校卒業と同時決めることになる。これは、大卒のわたしからしたらものすごくこわいことで、じぶんがなにものかになるか、という職業で、この時期に決めなきゃいけない。そのときは良いかもしれない。でも就職したときにやっぱり違うかもしれないなんておもうかもしれない。

 この美容師はいまの仕事に疑問をもって、もっと違う職業があるかもしれなくて、違うところではもっと輝けたのかもしれない、なんていうことをおもうのは普通だ。

 どんな職業についた人もみんなそういうことを思っているんだろうなあ。じぶんには違う才能があって、いまはこんなんだけど、違うんだという自己否定。わたしもなりがちだ。

 そう考えると、どうやって今を過ごそうかと考えている人は少ない気がした。

 大切にしていることばなんてなくても、ふと、じぶんの戒めにしていることがあって、それを言っていないだけなのかもしれない。