黙劇プレゼンツ

ちょっぴりをたっぷり。

会社帰りにバイクの不調で困っているおじさんを放置した話

 

 月曜から残業である。

 月初に思い出したように電話してくる相談の応酬と、年度末の残り火に焼かれていた。

 ひとりで会社の門を閉めた。

 愛車のカタナははやく帰ろうよと言わんばかりに、アイドリングしている。

 少し冷えるなあと思い、ふと見ると普通よりも倒れたかっこうでビックスクーターが倒れている。しましまのゼブラゾーン。車の通らない路肩のところで、スマホのライトを照らしながらなんかやっている。

 壊れたのかな。

 近づいて、「大丈夫ですか?」と声をかける。

 少し驚いた様子でこっちを見てきたのはおじさんで、隣には黒くて大きいビックスクーターが沈黙していた。

 めちゃくちゃバイクに詳しいわけでもないので、どこが壊れているか、よくわからない。

 「だいじょうぶ。あんがと。あんがと」

 なまりがある。たぶん東北の人か、と思いビックスクーターのナンバープレートを見ると、横浜ナンバーだった。出身が東北か。

 まさか東北からきてバイクが壊れたんじゃ、最悪だものね。一応ここらへんの人なんだろう。

 それ以降も「だいじょうぶ。だいじょぶだから」と言って会釈を続けられたので、

 それじゃあお気をつけて、と私はカタナで走り出した。

 

 人の言う「大丈夫」には2種類ある気がする。

 助けてほしいときと、助けてほしくないときだ。

 これが案外難しいのだが、人助けをためらう原因ともなっている気がする。

 そしてライダー(バイク乗り)は、妙なプライドを持っている。

 バイクは基本、ひとりで乗るものだ。倒れたら、自分で起き上がらせるしかない。

 そんな孤独な宿命をライダーは背負っているわけだが、

 公道で声をかけられると嬉しかったりする。

 見ず知らずなのに、バイクに乗っているものだけが知る連帯感がある。

 

 見たところ今回はおじさんだったし、「あんがと」とお礼を言う余裕もあったので、

 私は帰路を急いだ。

 

 そういうしっかり見限れるのも、ライダーが孤独だと言われる所以なのかもしれない。