黙劇プレゼンツ

ちょっぴりをたっぷり。

他人の教育論は、やじうまか、学ぶべきエッセンスか。

 

 

 人はこう育てるべきだ、とか、教え方の教え方、とか。なんかそういうことを言われていたのが今日だった。

 

 社員教育について、他部署の人から教育論をもちかけられ、意見を聞かれるわけでもなく、ただ教育論を言われていた。

 

 ああ、はい。という生返事だけが、私の発したことばの8割だった。

 管理職である都合上、いろんな部署の、いろんな社員の意見は聞かねばならない。管理職は、存在がもう仕事だ。だから肩がこる。

 

 もっと叱った方がいい、教育する側がかっこつけちゃだめだ、口数が少ない上司はだめだ、とかである。

 まあ愚痴である。しかし自分の仕事を残しつつもこの話を聞くのもバカらしくなって、とある質問をした。これで、この話は終わりに向かった。

 

 「教え方がうまい人、そういうことができてる人って、今の会社にいますか?ほかの会社でもいいです。お会いしてみて、真似して参考にしたいのですが…」

 

 返答は鈍く、誰も、具体的な人が出てこなかった。いないのかい。

 

 愚痴っているときというのは、リスペクトするというのを忘れるものだ。

 否定で塗り固められた主張は、たいてい中身が空洞だったりする。バームクーヘンのよう。

 バームクーヘンはまわりはおいしいからいいけれど、愚痴はなにもおいしくない。

 

 ていうか、他部署から教育論語ってくるってただのやじうまなのでは?と薄々気づいてくる。

 

 情熱はときに嫉妬になり、

 覚悟はときに頑固になる。

 

 だから、たとえ説教をしなきゃいけないときになっても、ポジティヴでありたいよなあ。

 そんな学ぶべきエッセンスは見つけたのでした。