映画は2時間の自分の時間を差し出すかわりに、何十年何百年もの時間を体感することができる。
時間を切り取ることができるのは、時計と映画だけだとおもう。
映画の上映を待つ人は、自分の時間を差し出す順番を待っているということだ。献血に並ぶ人たちといっしょなのかもしれない。大きな画面、大きな音、気がつけばシートの感覚がなくなり、登場人物の感情に同化している。
しかし2時間後、エンドロールとともに私たちは現実に戻される。部屋が明るくなり、退場を促される。ばらばらと席から離れ、外へ流れる大衆に私もいる。映画の内容を思い出しながら、うんと明るい廊下に出る。
メアリと魔法の花という映画を観た。魔法少女メアリが飛んだり走ったりする映画だった。私も、メアリと同じように、シートに座りながら、飛んだり走ったりした感覚を持った。しかし私が家に帰るのは軽やかなホウキなどではなくて、鈍重な電車。
しかしあのホウキに乗っていた時間は、現実には2時間だったけれど、映画のなかでは2日以上だった。この違いに少し戸惑いを感じながら電車に乗っていた。
時間のラグを感じるってふしぎだなあと。
でももう、日がまわりそう。あ、まわってる。